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【解説】辻村深月『名前探しの放課後』全伏線を解説します<前編>

【名前探しの放課後】伏線全回収します<前編> 一般文芸
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『名前探しの放課後』大好きオタクです。
暗記するレベルで読み込んでいるガチ勢です。

今回は『名前探しの放課後』に張り巡らされた伏線や、すべてが分かってから読むと意味が変わる台詞などなどを全解説(!)したいと思います。

えしゃ
えしゃ

未読の方は読んでから復習にお使いください~

「ぼくメジャ読まずに名前探しの放課後読んじゃったよ!!」という方はこちらの記事の方が役立つかと。

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状況整理

まず簡単に、各自の認識を整理していきます。
情報量の少ない人から。

あすな(と読者)

  • いつかがタイムスリップしてきた
  • 自殺者は不明→河野と仮定
  • 河野の自殺の原因は、友春によるいじめ
  • いじめのきっかけは水泳
  • 友春は河野を殴り金を奪っている。体育倉庫に閉じ込めも…
  • Xデーはクリスマスイブ

いつか・天木・椿・河野・友春

  • いつかがタイムスリップしてきた
  • 自殺するのはあすな
  • あすなの自殺の原因は、祖父の死(最期に会えなかったこと)
  • あすなとの信頼関係を築くためのイベント→自殺者探し(河野&友春の偽装)
  • 河野と友春は従兄弟
  • あすなと祖父の後悔を取り除く→水泳、ピアノ
  • あすなを「そのとき」に不二芳まで最短で送り届ける→短距離走の友春、いつかの免許、河野の時刻表、タクシー、消防車…
  • Xデーは1月の始業式(祖父が亡くなるのは12月3週目)

秀人

  • いつかはタイムスリップや未来予知はしていない(あくまで空想)
  • よってあすなは自殺しない
  • よって、極論、この一大事業に意味はない
  • しかしいつかを応援するために参加する

大がかりな仕掛けのミソ

終盤まで読んで多くの読者が唖然としたであろう、「実は最初から全部騙されてました」。

何回読んでも上手い。伏線に隙がない。
この大掛かりなミスリード、いつかとあすなのW主人公制なのが効いているんです!

伏線を大まかに分類すると、この2点になります。
・いつか視点の叙述トリック系
・あすなを騙すときはあすな視点

二つの視点が交互に使われることで、これらに違和感なく騙されてしまうんです。

それぞれ詳しく見ていきます。

いつか視点の叙述トリック系

いつか視点のパートでは、いわゆる叙述トリック的なものが多く使われています。

作中でも回収されているものでいうと、例えばこれ。

坂崎あすなについて、いつかが知っていることはそう多くない。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻33ページ

序盤ではそう言っていましたが、終盤のネタバレの際には、こう言っています。

坂崎あすなについて、いつかが知っていることはそう多くない。だけど、けして少なくもなかった。

辻村深月『名前探しの放課後』下巻394ページ

これ上手いですよね。後半が入ることで、意味、受ける印象が全く違う。

こういうあえて重要な情報を落としたり、誤解させる記述が多く見られます。
秀人に初めてタイムスリップの話を打ち明けたときの「誰が死ぬの?」のくだりも同様ですね。

いつかが「1回目の記憶」を最初にあすなに語って聞かせるときも、

電話を取った母の声。しっかり覚えている。だけどそこから先は―。
「―きちんと、覚えてないんだ。自殺の詳細」

辻村深月『名前探しの放課後』上巻72ページ

地の文では詳細を覚えているともいないとも明記せず、あすなに語って聞かせる形でその後を引き取ります。

地の文は本音しか書けませんが、台詞は当然嘘を含んでもOK。
でも、この書き方だと「本当に覚えていないのか」とすんなりミスリードされてしまいますよね~。

また、このあたりをしっかりいつか目線で語らせるのが上手い。

全てをあすな目線で書いていれば、「こいつ嘘ついてるんじゃ?」と半信半疑で読むんじゃないかと思いますが、
語り手が読者に隠し事をしているとは思いにくい。しかもこんな頭軽そう(本人談)男子が。

あとは、クリスマスパーティーのときのいつかと河野の会話なんかも読み返すと痺れますね。

「最初はさ、やだったんだ。(略)僕が死ぬかどうかを見張ることで、キミたちが結びつくきっかけになるなんて、そんな損な役割ってないよって、不満だった」(略)
「今は?」(略)
「悪い気は、してない」

辻村深月『名前探しの放課後』上336~337ページ 途中省略

ここも、「最初」というのが前日のネタバラシ(嘘)の話をしていると見せかけて、実際はもっと前、この芝居を持ちかけたときの話をしていたわけです。

最終章まではあたかもミステリー要素なし小説のような顔をして進行するので、深読みせずに額面通り受け取る人が多いのではないでしょうか。

あすなを騙すときはあすな視点

また、あすなを騙す芝居をするときは、あすな視点になっていることが多いです。
ここはストレートにあすなといっしょに騙されてしまいます。

  • 最初に河野のいじめの話を振ったとき
  • 友春が河野に暴力をふるったとき
  • 体育倉庫に閉じ込められた河野を助けに行ったとき
  • 河野を池まで迎えに行ったとき(河野が自殺者だと思い出したとき)
  • クリスマスイブ直前に河野を探すとき

いつかとあすなの視点が交互に来るので、初見のときは何も思いませんが、振り返ると河野に何か起きるときは大概あすな視点になっているんですよね。

登場人物への思い込み

また、いつかと河野については、あすなや読者の思い込み(人物像のズレ)があり、それを利用したものも多く見られます。

いつかへの誤解

あすなも読者もいつかのことを(特に初期は)いい加減な陽キャ男子だと思っています。
それが結構利用されていて…

  • あすなが自殺者を探す方針を話したら「普通そういうことになるんだよな」
  • 突然バイクの免許を取りに行く
  • 河野に新しい怪我がないか気にするあすなに対し、「本当はそんなこと考えたこともなかった」

これ明らかに不自然なんですが全部「聡明でない」「いい加減なやつ」で片付けられるという…。不憫…。

河野への誤解

河野に関しては誤解以前に天才子役すぎることにツッコミを入れたいわけですが(笑)

例えば、英語の時間に他人の席にノートを入れたり、明らかに不自然なんですが、ナチュラル失礼キャラなので流されます。

また、特筆すべきはこちら。

「僕、泳げるのに」

辻村深月『名前探しの放課後』上巻410ページ

水泳練習が始まったときに、つぶやいていた一言。
河野のキャラ的に負け惜しみか、もしくは本当に泳げていると思い込んでいる…としか思わないわけですが。

たぶんこれ事実です。河野は最初から普通に泳げます。

あすなが風邪上がりのときに、河野が急にきれいに泳げるようになり、衝撃を受けるシーンがあるんですが、あれはおそらく本当に気を抜いてうっかりあすなに見られてしまっただけ。

それまではあすなの後悔を吹き飛ばすため、「泳げない」設定で「まるでわざとやっているかのような」めちゃくちゃな泳ぎをして見せていたわけです。
これを毎日やるのは相当しんどかっただろうなと思います。偉い。

偽の過去の記憶たち

さて、いつかが見てきた「1回目の記憶」はすべて「依田いつかの妄想」なので、そこもざっと洗っておきます。

季節感

ついさっきまで、外出の時に着こむのはダウンジャケットか、水を吸ったような重量感のコートのどちらかだったはずだ。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻16ページ

これは例年の経験による「真冬コート」の記憶と、3か月後の季節感とを、頭の中で辻褄合わせただけ。

仮にこれがいつかにとって初めての不二芳で迎える冬なら…、
未経験の不二芳の冬のヤバさは分からないですから、「1回目の記憶」で着ているのはライトな冬コートだったでしょう。

甥っ子関係

思い出したその顔が果たして本当に自分の甥っ子なのかどうか、確信は持てなかった。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻24ページ

これに関しては本人も懐疑的に言っていますがその通りで、よほどの特徴がない限り、赤ちゃんの見分けはつきません。
単にテレビなどで見てきた映像、いわゆる「赤ちゃん像」を脳内で合成しただけでしょうね。

生まれてきた甥っ子ちゃんが、もし爆毛だったり超巨体だったり、あるいは未熟児であったりと、明らかに普通と違う特徴があれば矛盾に気付いたと思いますが、
幸いというかなんというか、ごくごく一般的な赤ちゃんだったのでしょうね。

「満塁」と書いて「ミツル」。
それがそのまま名付けられるのだろうな、とその時のいつかはなんとなく確信し、実際にそうなったという記憶が確かにある。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻25ページ 途中省略

そして甥っ子の名前に関しても、「なんとなく確信した」までが事実で、「実際にそうなった記憶」はそこから地続きの捏造です。

どうしてそこにこの感慨が付随しなかったんだろう。
今だから、わかるのかもしれない。
前のいつかは、これを思うことができなかった。

辻村深月『名前探しの放課後』下巻375ページ 途中省略

また、本当に天くんが生まれたときに1回目の記憶と感慨が違うと浸っているのですが、単にまだ経験していなかっただけです(笑)
でも、「2回目」で成長したのは本当!

絢乃ちゃん関係

絢乃ちゃんに関して、いつかと秀人、椿ちゃんで証言が異なります。

いつか

駅のホームで友達に俺を睨ませて、技巧がかった仕種であてつけみたいにしくしくやってた顔の方がもう全然リアルで、それがちらつく限りもう戻れないんだと思う。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻32ページ

秀人

「きちんと話して聞くようなタイプかな」
絢乃ちゃんはいい子だよ。しっかりしてるし、本当にただ理解したいだけだと思う」
「いつかくん、先入観で動きすぎる。付き合ってても、きちんとあの子のこと見てあげてなかったでしょう」

辻村深月『名前探しの放課後』上巻123ページ 途中省略

椿ちゃん

「大丈夫。次はきちんと性格のいい子を探すから」
「そうかな。それを言うなら絢乃ちゃんだって、気遣いのできる優しい子だったと思う

辻村深月『名前探しの放課後』上巻165ページ 途中省略

この食い違い、いつかが絶望的に絢乃ちゃんのことを表面的にしか見ていなかったせいです。
いつかからすると「彼女A」くらいの感覚で、「みんな同じ」って感じなんでしょうね…。

その後の常識的な対応から見ても、秀人や椿ちゃんの言う「ちゃんとした良い子」の方が本当だと思います。
今回の件で絢乃ちゃんだけは本当に被害者で可哀想…。

というわけで、最初の「技巧がかったしくしく」は完全にいつかの妄想。
確かに実際に彼女からの視線を感じたことはありましたが、罵声浴びせられてるわけではないし、内容が似ているようで全然違う。

というかこの具体的な妄想、過去に別の子でこういう経験があるんでしょうね…。
いつかそういうとこだぞ。

ちなみに余談ですが、

「その日って、今考えるとクリスマス・イヴだったんだよな」
付き合う予定だった鶴田先輩と過ごした記憶があるにはある。
今日帰らなくていいんでしょ? とか何とか、お定まりの会話と外泊。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻220ページ

こっちも妄想です(笑)

「ぼくメジャ」関係

ついでにぼくメジャ関係の伏線も回収しておきます。
若干毒吐きます(笑)

ここから『ぼくのメジャースプーン』のネタバレを含むので、未読の方はご注意ください。
「ぼくメジャ」興味ないよな方は後編へどうぞ

ぼく関係

小学校時代、秀人は市内の総合病院に長期にわたって入院していたことがある。
その時の後遺症も今ではもう全く心配はないのだが、以来、いまだに年に一回の検査が義務づけられている。

辻村深月『名前探しの放課後』上巻415ページ

これは「あの事件」のPTSDのことかな。
「全く心配ない」って言ってくれるのは読者としてはすごく安心します。

「昔は秀人も天木のことは名前で呼んでたらしいよ。二組の小瀬友春のことも今みたいに『ハルくん』じゃなかったらしい」

辻村深月『名前探しの放課後』上巻403ページ

ぼくメジャでは「タカシ」「トモ」と呼んでいますからね。まぁ4~5年あれば呼び方が変わることもありますよね~。
このへん会話として不自然で、露骨に「気付いて!ほら!!」って感じで説明臭くてきらい。

他に秀人関係だと…、クリスマス直前、河野を探し回っていたときに秀人がご飯していた「師匠」はもちろん秋先生だと思います!

ふみちゃん関係

「偉い。よく、やる気になった」

辻村深月『名前探しの放課後』上巻420ページ

あすなのために、水泳に取り組むことにしたいつかへの一言。
ふみちゃんを思わせる言い回しですね。

椿が、キャラクターもののペンケースにペンをしまう。そこに古びたキーホルダーがついていた。(略)そこにつけるには大きすぎるように見える。

辻村深月『名前探しの放課後』下巻233ページ 途中省略

はい、メジャースプーンの話がしたいんでしょうね…。
こういうファンサービスが露骨で苦手。

そして、作中、秀人が頑なに椿ちゃんの名前を呼びません。他人に話すときは「あの子」。

そして最後の最後にようやく名前を呼ぶわけです。

「ふみ、危ない」
『椿史緒』
自分の名前が書かれたノートが、彼女が足を一歩引いたと同時に軽く振れた。

辻村深月『名前探しの放課後』下巻441ページ

これ『名前探しの放課後』という作品の最後の最後に持ってきてるの本当に嫌…。
これが上下巻通して言いたかったことなのか?って思っちゃう。

あと、この名前と苗字の誤認ネタ、初期だけで4回くらいこすってて「またかよ…」っていうのもある。

「ふみちゃん」だと直接的すぎるけど、「ふみ」ならそこまででもないし、こんな最後の最後まで引っ張らないで、最初から「ふみ」呼びで答え出しちゃっても良いと思いますけどね…。

ちなみに、意味ありげに登場する天木の対抗馬「守山文子(ふみこ)」は、こちらをふみちゃんと誤認させるためのミスリード…?
(いまいち意味があるのかないのか分からない)

ところで、この前ぼくメジャの方を読み返したら、「ふみちゃんの名前が男みたい」と揶揄されていておおお…となりました。
「ふみお」って平仮名で見たら確かに男の子ぽい。そこまで考えていたのかぁ。

トモ関係

「そういえばお前、昔友春と大喧嘩したことがあっただろ? ほとんど殴り合い状態の」

辻村深月『名前探しの放課後』上巻284ページ

これもぼくメジャの話がしたいんでしょうね…。

椿は今日何か別の用事で遅れていて、後から合流するらしい。泳ぐ前に会いたかったけど、だけど仕方ない。

辻村深月『名前探しの放課後』下巻204ページ

その大喧嘩の末の秀人の呪いにより、友春と椿ちゃんは会話することができません(椿ちゃんは知らないと思うけど)。
友春の様子が不自然にならないよう、2人が水泳大会の日に顔を合わせずに済むように秀人が調整したのかなー。

なんとなくですが、『名前探しの放課後』自体、トモの救済な感じがしなくもありません。

全てを知ると、主に河野への接し方などで「なんだいいやつじゃん」ってなる人が多いのでは。
ぼくメジャでの印象は最悪ですから、一番株を上げたキャラと言えるでしょう。

その他細かいところ

全回収します!なので、こまごましたところは後編へ続きます。
気になる方は合わせてぜひ。前半で一応主なところは拾えているかと。

おわりに

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
改めて読んでいると、序盤に「元の時間軸のいつかはどこへ行ったのか」について真剣に語り合っていて、このころは時間移動と言うとドラえもん式の「身体ごとタイムスリップ」だったんだなぁと思います。
今だと意識だけ移動するタイムリープが主流ですけどね。

プロフィール
えしゃ

えしゃ(@shallot0147)と申します!
・ラブコメ好き。少女漫画とラノベが大好きです!
・雑食&乱読
・好きなジャンル:ラブコメ、広義のミステリー、ローファンタジー、食べ物が美味しそうな話
・愛読書:辻村深月『名前探しの放課後』

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